読売新聞コラム「地球を読む」より-歯科医療の課題

先日、読売新聞に「歯」に関する記事が掲載されていました。

当医院が常日頃から患者さんにお伝えしている「自分の歯で噛んで食べる」 という内容に類似していた記事でしたので紹介したいと思います。

記事にもあるように、小さいお子さんの顎が発達していないというのは、 実際に治療を行う際に顎の小さなお子さんが増えてきているなぁと感じています。

また、年配の方々には「8020」運動を知っていたり、気にされている方も多い様に思いますが、 その意識とは逆に口腔ケアの予防を後回しにされている方が多い傾向にあります。

お子さんをお持ちの方、ご自身も歯のことで悩んでいらっしゃる方などに一読いただければと思います。

〜地球を読む〜歯科医療の課題
定期の口腔ケア 全世代で
垣添 忠生氏(日本対がん協会会長)

よくかんで食べるという習慣は、健康や長寿のためにすべての世代で重要だ。
家族で囲む食卓は、子供が正しい食習慣を教わる場になるが、多くの家庭でその機会が減った。
子供は、軟らかくて食べやすいものを選びがちになり、噛む回数が減る。その結果、顎(あご)が発達せず、 歯並びが乱れて虫歯になりやすくなる。
大人も、よくかんで食べないと肥満になりやすい。
肥満が健康によくないことは言うまでもない。

高齢者の健康維持にはかむ力は特に重要だ。残った歯が少ないほど、 記憶力や運動能力が低くなるという調査もあり、認知症の危険も高まる。
逆に、かむことで脳が活性化して意欲が向上するという研究もある。
よく合った義歯でかむ力がかなり回復することは、歯科医の常識だが、 よくかんで食べる習慣を続けるには、口の中の健康を維持する口腔(こうくう)ケアが大切だ。
しかし、日本では、まだその意識が薄い。定期的ケアを受けている人は3人に1人にとどまっている。
口の中の健康維持は、歯科医、歯科技工士、歯科衛生士の緊密な共同作業による。
義歯の作製には、歯科医と技工士の絶妙な連携が必須だが、わが国では技工士の待遇が良くないため、 なり手が減り、遠からず大問題になると言われる。衛生士が口腔ケアを担当する患者を持ち、 長期間見続ける国もあるが、わが国では、必ずしも専門職として衛生士の能力が十分に発揮されているとは言えない。
診療報酬制度上の問題もある。歯科医が月に何回、口腔ケアの指導をしても、請求できるのは800円。
こんな制度のため、歯科医の意識も、口腔ケアよりインプラント治療など高額診療に向きがちになると見る関係者も少なくない。

口腔疾患の増加は世界的問題で、世界保健機関(WHO)も報告書を出して、以前から問題視している。
そんな中、米国では2人に1人が半年に1回程度、歯科医院などで口腔ケアを受けているという調査がある。
私が知る米国人の多くも美しい歯をしている。歯が汚れているようだと社会的成功はおぼつかないという意識もあるようだ。

意識が高い国はほかにもある。日本には80歳で20本、自分の歯を残そうとする「8020」運動があるが、 現状は「8013」だ。これに対してスウェーデンは「8025」、つまり80歳で平均25本。日本との差は大きい。 "先進国"に共通するのは口腔ケアという予防重視の姿勢である。
歯の健康を保ち、よくかんで食べるという身近な行為を生涯続けられれば、結果的に医療費の抑制に大きく貢献する。そのことに国民も気づくべきだろう。

よくかんで食べることは、人間の幸福や尊厳にもつながる。
そのことを、先日、日本顎咬合(がくこうごう)学会の事務所で見せてもらったビデオで知った。その内容は実に衝撃的だった。


肺炎で入院した69歳の女性は、口からの栄養摂取は無理と診断され、体に何本も管が入り、寝たきりで表情も失われていた。 だが、転院を契機に、女性にリハビリが始まり、口腔ケアも実施、義歯を装着した。
すると、軟らかいものかて、筋力が回復し、身体のバランスも良くなり、意欲も出てきたからこそ、 海外にまで出かけることが出来たのである。
ビデオの女性とは逆に、患者のかむ力が低下していった場合はどうなるか。
胃ろうや、鼻や口からチューブを胃に入れて栄養を補給する経管栄養、 IVH(IntraVenous Hyperalimentation 中心静脈栄養法。上大静脈から点滴により高カロリー溶液を注入して栄養を摂取する方法。) といった手段に頼って口からの食事をしないと、 顎やのどの筋肉、呼吸をつかさどる筋肉が衰える。そうすると、話すことも不自由になり、閉じこもってしまう。
しかも、細菌が唾液などとともに肺に流れこむことで起きる誤嚥性(ごえんせい)の肺炎をひき起こしやすくなる。
誤嚥を起こす高齢者の8割は、口腔機能の衰えが原因とする研究もある。
こうして、寝たきりの状態から、人工呼吸器の使用や抗生剤の大量使用まで、負のサイクルに陥ってしまうのである。

そうならないよう、食品企業も、食材の硬さを4段階に分けたパックの介護食を開発し、 患者のかむ力を衰えさせない研究を進めている。味付けや食感も改善され、価格も下がっている。
食べられない人を食べられるようにする努力だけでなく、自力で食べられる期間を極力長くする工夫も必要なのだ。
日本学術会議の咬合学研究連絡委員会は2004年、 正しくかんで味わうことが健康長寿をつくるという内容の報告をまとめている。
そこでも、現代人のかむ力の低下を放置すると、高齢化と共に進む生活習慣病や認知症の急増を招き、 子供の成長や学習能力にも影響すると指摘している。
残念ながら、わが国は、この指摘が現実化し始めているのではないだろうか。

WHOは現在、2020年を目指した口腔保健に関する国際目標を掲げている。 数値目標は入っていないものの、注目すべき項目がいくつかある。 例えば、「口腔の健康を維持するのは自らの責任であり、 痛くなってから歯科を受診するのでなく、日頃から注意を払い、 口腔ケアを定期的に受けることを目標とする」とある。 口腔ケアはまず、個々人の自覚が大切という意味だ。


一方、WHOは、虫歯や歯周病による抜歯、歯の喪失で起きる飲食の際の障害の経験者数などについて、 国ごとに目標値を設けて減らすことも求めている。
わが国でも、すべての世代で、定期的に口腔ケアを受けることができる体制の構築が重要である。
専門職としての歯科技工士や歯科衛生士の待遇改善も大切だし、 家族で食事がしやすい社会に変えていくための環境作りや、 かむことの大切さを全世代に意識してもらう啓発活動も欠かせない。
口腔ケアの指導料を引き上げるなど、予防管理型の歯科医療を社会に根付かせるための制度改正も考えるべきではないか。
こうした改革を進めることで、生活習慣病、認知症、誤嚥性肺炎などの予防につながり、 健康長寿を実現し、医療費を削減することができる。
そして何より、いくつになっても食事を、人生を楽しむことができるのである。

定期の口腔ケア 全世代で
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